目次
はじめに
国立遺伝学研究所ABS支援室主催の「森の遺伝資源シンポジウム―インドネシアと日本の国際共同研究促進のために―」(2024年10月8日(火)、東京都中央区京橋)に参加しました。生物多様性を支える生態系・種・遺伝子を育む森は遺伝資源の宝庫です。このイベントは、インドネシアと日本の森林研究者が最新の研究成果を共有し、国際共同研究を通じて持続可能な社会を目指すことを目的として開催されました。講演1~3と5は英語によるプレゼンテーションで、すべての講演には日英の同時通訳が付きました。事前の配付資料と聴講を基にして、講演の概要をお伝えします。各講演後には質疑応答も行われましたが、講演内容のみを紹介します。
1.講演1
講演1は、これまでにインドネシアで行われてきた3つの国際共同研究の内容とその成果、それらのインドネシアへの効果についての紹介でした。
“Collaborative Research on Forest Genetic Resources at IPB University, Bogor, Indonesia”(IPB大学における森林遺伝資源の共同研究:国際研究からの教訓)
ボゴール農科大学 森林環境学部 教授 Dr. Iskandar Z. Siregar
1)国際共同研究
インドネシアの森林は地域の生物多様性、気候調節、地域の生態系サービスにとって不可欠である。しかし、森林伐採、生息地の消失、気候変動により、森林は深刻な脅威に直面している。アジアで人々の食料や経済活動を支える重要な樹木は約63種ある。このような状況の中で、国際的な共同研究は、インドネシアの森林の保全と修復を進める上で重要な鍵となる。
具体的には3つのプロジェクトが進められた。1つ目は「Shoreaプロジェクト(2002-2007年)」で、Shorea属(フタバガキ科)の遺伝的変異を調べるものである。フタバガキ科を保全して持続的に利用する情報を得るため、系統関係、量、空間分布を調査した。2つ目は「Ironwoodプロジェクト(2013-2017年)」で、Ironwood(ボルネオテツボク)の遺伝的変異を調査した。インドネシア全土のボルネオテツボクの個体群内および個体群間の遺伝的分化の程度を分析することにより、個体群構造を決定した。3つ目は「CRC990-EFForTSプロジェクト(2012-2023年)」で、形質転換システムにおける優勢植物の遺伝的多様性に関するものである。異なる種構成に基づく異なる土地利用体系(原生林、ジャングル・ゴム1)、ゴム・プランテーション、オイルパーム・プランテーションなど)において、優占樹種群の遺伝的多様性を比較した。
1)ジャングル・ゴムは ゴムの木の間にジャングルの植物を生育させる伝統的なアグロフォレストリー。
2)プロジェクトの成果
これらのプロジェクトにより、生息域外の森林遺伝資源保全のためのエビデンスに基づく意思決定が可能となった。また、特定の科の森林遺伝資源のデータベース構築(DNAバーコード、集団遺伝学など)ができるなどインドネシア人材の能力を高めることができた。
2.講演2
講演2は、現在進行中である商業木材種の同定方法の確立とDNAバーコーディングについてでした。
“Development of DNA databases of Indonesian commercial timber species for wood identification”(樹種同定のためのインドネシア商業木材種のDNAデータベースの開発)
ボゴール農科大学 森林環境学部 講師/助教 Dr. Fifi Gus Dwiyanti
1)研究の背景と目的
インドネシアでは商業用木材の違法伐採が後を絶たない。違法伐採された木材と合法的に伐採された木材が同様に売買されている。このような違法伐採を防ぐため、高い商品価値を持つ木材の科属種を同定するデータベースの構築を2008年から進めている。
2)方法と結果
研究活動は、ⅰ)同定する種の選定、ⅱ)物理的なサンプル採取と保存、ⅲ)DNA分析とデータ解析、ⅳ)キャパシティビルディング(法執行当局、税関当局、保存に関与する各種機関に種同定の知識を共有する)、ⅴ)普及活動(ワークショップや国際会議など)をとおして進められている。
まず樹種の選択であるが、商業木材から優先度の高い5種をこれまでに解析し、現在2種の解析を進めている。解析すべき種について、野外で樹高と胸高直径を測定する。葉の採取、木材の生長錐によるくり抜き、形成層組織の打ち抜きを行い、これらの標本を作成する。さらに、生育地の土壌層の採取を行う。木材、葉、形成層からDNAを抽出し、遺伝的変異と集団遺伝学的解析を行う。trnL-trnF領域およびITS領域などがDNAバーコ―ド(マイクロサテライトマーカー)として活用できる。
3)将来計画
ⅰ)材の収集、DNA抽出、PCR増幅とシーケンシング、データ解析についてのガイドラインを作成する。ⅱ)木材識別のためのオープンアクセス・データベースを構築する。ⅲ)現場で利用可能なオン-サイト解析を可能とする。
3.講演3
講演3は、最新の遺伝子解析技術を用いて絶滅危惧樹種の遺伝的多様性を調査した結果についての紹介でした。
“Genome skimming accelerates discovery of genetic variation for use in conservation and phylogenetic studies: a case study from the subalpine forest flora of Japan ”(ゲノムスキミングは保全や系統学的研究に役立つ遺伝的変異の発見を加速する:日本の亜高山帯の森林植物相のケーススタディ)
森林総合研究所 生態遺伝研究室 主任研究員 Dr. James Raymond Peter Worth
1)ゲノムスキミングとは
ゲノムスキミングとは、ゲノムDNAの浅い配列決定(5%まで)のことで、ランダムショットガン配列決定を含む。植物では、葉緑体のような高コピーゲノム全体の迅速なアセンブルを可能にする方法で、系統遺伝学や保全遺伝学のための遺伝的変異の発見に使用される。
2)対象森林
日本の亜高山帯にあるマツ科の針葉樹を対象とした。これは生物多様性と生態系サービスの面から重要な森林バイオマスであるが、多くの種が絶滅の危機に瀕している。構成種の遺伝資源は乏しく、ほとんどの種において遺伝的多様性の研究は進んでいない。例えば、個体数減少(東赤石山のチョウセンゴヨウ)、鹿による樹皮剥離(大台ケ原)、気候の温暖化などが絶滅を助長している。
3)試験と結果
遺伝学的データベース構築のため、各地の亜高山帯の12種の樹木の葉緑体ゲノムをターゲットとして、短鎖DNA(100~150塩基対)を用いた全ゲノムDNAのゲノムスキミングを行った。これらのデータは、種の分類学的関係の遺伝学的研究、種内の系統地理学パターンの調査、保全遺伝学的研究のための葉緑体ベースのマーカーの開発に役立つほか、環境DNAや古代DNAの研究への応用も期待できる。
4.講演4
講演4は、森林の産物きのこ(木の子)について、定義や分類、役割などの説明、さらにきのこの国内ライブラリーとしてのFMRCが紹介されました。
“Potential of fungus/mushrooms – research activities of FMRC (Fungus/Mushrooms Resource and Research Center) as the culture bank of macrofungi –”(菌類・きのこの可能性-FMRC(菌類きのこ遺伝資源研究センター)の大型菌類カルチャーバンクとしての研究活動)
鳥取大学 農学部附属 菌類きのこ遺伝資源研究センター 遺伝資源評価保存 研究部門 早乙女 梢 教授
1)大型菌類とは何か―定義、多様性、利用の歴史―
カビ、酵母、大型菌類を菌類というが、大型菌類は大型の目につきやすい子実体を形成する菌類と定義される。いわゆるきのこ、腹菌類、サルノコシカケ類などであり、分類学的には、子嚢菌類と担子菌類に分けられる。菌の種数は1,500,000と推定されており、そのうち21,679種の大型菌類を含む97,000種が同定されているにすぎない。大型菌類は森林生態系において分解者、共生者、寄生者などの役割を果たす。また、5,000年ほど前から人類に利用されていた。白色腐朽菌は唯一の木材分解能を持ち、PCB、ダイオキシン、繊維染料の分解など、バイオレメディエーションの役割を果たす。さらに、新たに、肉類、皮やポリスチレンの代替への活用も進められている。
2)FMRCの組織と活動
菌類きのこ遺伝資源研究センターは、大型菌類に着目し、TUFC(Tottori University Fungal Culture)コレクションによりハイレベルの研究に貢献している。また、きのこ資源の多様性と利活用に取り組む人材の創出も担っている。本センターは、遺伝資源多様性部門、遺伝資源評価保存研究部門、有用きのこ栽培研究部門からなる基礎研究分野と、新機能開発研究部門と物質活用研究部門からなる応用研究分野から成る。保存数は1,768種8,579菌株であり、2,125株がTUFCオンラインカタログで公開されている。特に、生理活性物質の探索(2,451サンプル)により、生物資源としてのきのこの価値を高めることを目指している。
3)インドネシアとの共同研究の可能性
インドネシアには未記載の多孔菌類が多く存在し、タイプ標本の重要な提供地でもある。また、人材交流の相手としても注目される。
5.講演5
講演5は、利用価値の特に高い樹種スリアンに注目し、遺伝情報を用いて種子源の確立に利用する研究を紹介するものでした。
“Genetic resources of Surian (Toona sinensis Roem) in Java Island Indonesia”(インドネシア・ジャワ島におけるスリアン(Toona sinensis Roem)の遺伝資源)
バンドン工科大学 森林研究室長 Dr. Yayat Hidayat
1)スリアンとは
スリアンは、インドネシア全土に広く生息し、建築材、造船材料、棺、手工芸品材料など多用途に使われている。
2)研究目的
表現型のパフォーマンスと遺伝的類似性の係数に基づいて、スリアンの新しい種子源となる可能性のある母樹を選択する。母樹集団とその子孫集団におけるスリアン樹集団の変異性を、形態学的マーカーとAFLPマーカーとで比較する。
3)結果
形態学的マーカーの評価によると、種子源におけるスリアン樹木集団の親族関係パターン(UPGMA Dendrogram)は、子孫集団と親樹木集団の間に類似したパターンを示した。AFLPマーカーを用いて評価した種子源におけるスリアン樹集団の血縁パターンは、形態学的マーカーによる評価結果と比較して、パターンに若干の違いがあることを示した。UPGMA Dendrogramの遺伝学的類似度係数の情報は、形態学的特徴に基づいて評価された母樹候補を除外し、開放受粉における交配プロセスを回避するために利用できる。
6.講演者による論文の紹介
1)講演1
https://www.mdpi.com/2223-7747/8/11/461#
2)講演2
https://journal.ipb.ac.id/index.php/jpsl/article/view/50559
3)講演3
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ece3.11584
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