はじめに

「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」では、「国立研究開発法人 技術振興機構(JST)」と「国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)」がそれぞれ「独立行政法人 国際協力機構(JICA)」と連携しています。日本と開発土壌国の国際共同研究を推進し、地球規模の課題解決と社会実装1)を目指すプログラムです。
研究分野は、環境・エネルギー、生物資源、防災、感染症(2015年度からAMEDの管轄)の4分野です。研究期間は3から5年、規模は1課題あたり年に1億円程度です。これまでに、世界57ヵ国で183課題が推進されてきました(2024年4月時点)。
JST国際部(SATREPSグループ)の発 正浩主任専門員から遺伝資源の取扱いについてお話を伺いました。
1)研究成果の社会還元

Q1:各課題の研究代表者への遺伝資源の対応についての支援はいつ、どの程度行っているのでしょうか。

公募・選考プロセスは、ⅰ)事前調整・書類提出(日本側では研究提案書、相手国側ではODA要請書を準備する)、ⅱ)適合確認(JSTとJICAによる確認)、ⅲ)書類選考・面接選考(JSTの審査委員会による審査)、ⅳ)条件付採択(相手国関係機関との実務協議で合意に至るまでの仮採択)、ⅴ)暫定期間・正式採択(R/D2)署名及び CRA3)が締結され正式に国際共同研究が開始する)の順で進められます。
2)R/D:相手国側代表者機関等とJICAとの間で技術協力プロジェクトの実施合意と位置づけられる討議議事録
3)CRA:日本側と相手国側の研究機関間の共同研究に関わる合意文書(共同研究契約書)
提案書に「遺伝資源の取扱いについての検討・準備状況」を書く項目があります。書類選考の段階から各課題への「生物多様性条約(CBD)」、「名古屋議定書」、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」、及び遺伝資源の提供国と日本の法令への対応をチェックしています。
応募の提案書類を確認すると応募者がCBDをどの程度理解し、相手国のことを調べ、相手国機関と今後どのような手続きをすべきなのかがわかります。CBDをよく理解していると判断できる場合、採択後に「素材移転契約(MTA)」を結ぶなどの手続きをするように指導・確認する程度です。しかし中には、対象とする遺伝資源についてABS対応が不十分と思われる場合もあります。このような課題については、面接選考などで、相手国代表者と遺伝資源の取り扱いについてどこまで協議しているのかを質問し、注意を促します。「暫定採択」後も、数回研究者とミーティングを開催し、CBDについて理解してもらい、CRAの締結へと進みます。さらに課題が始まってからも、相手国の政治状況や遺伝資源に関する国内法が変わる場合や、研究の進展により遺伝資源を扱うことになった場合などには情報提供をします。

Q2:SATREPSのCRAのひな型を国際共同研究の契約書として使用している研究機関が多いと思いますが、コメントはございますか。

SATREPSのCRAは全領域に対応するひな形なので、必要最低限の内容のみが書かれています。「遺伝資源へのアクセスと利益配分」部分が詳しく書かれているわけではないので、遺伝資源を取り扱う課題にとっては、ひな型は物足りないかと思います。分野によっては、遺伝資源を使わないような計画もあり、相手国から、遺伝資源の部分を削除するよう言われることもあります。しかし、将来何か関連することが生ずるかもしれないので記載してもらっています。
日本側研究機関によっては、機関独自の国際共同研究の契約書のひな形があるので、それを使いたいとういうところも多くあります。当方が推奨しているひな型の9項目が入っていれば、JSTとしては細かな項目について修正をお願いすることはできる限りしていません。ただ、両国で複数の大学・研究機関が関係する場合、全ての機関がCRAを遵守する署名形態にしていただくようにお願いしています。SATREPは社会実装目的なので、商業利用などで利益を生み出しそうなとき、例えば特許取得する際には、別途、契約を締結するようにお願いしています。

Q3:現在、遺伝資源の取扱いについての問題点、ご苦労されていることは何でしょうか。

3年に1回ほどSATREPSに関係している研究者を対象にCBDに関するセミナーを開いて、遺伝資源の取扱いについて説明しています。最近では2021年と2024年に行い、毎年10課題採択しますから30課題ほどを対象としています。また、採択課題には、事務処理説明会で、遺伝資源の取扱ルールの遵守をお願いしています。しかし、どうしてもトラブルが生じているのは事実で、これにどう対応すべきか悩んでいます。

Q4:2017年の名古屋議定書発効後、どのような変化があったでしょうか。

「生物多様性条約」が発効したのは1993年で、SATREPSは2008年に発足しました。当時はまだそのような国際ルールがあることを知らない人が多くいました。2010年に愛知で、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、「名古屋議定書」が2017年に発効するなど、日本のマスコミにも大きく取り上げられました。その効果で、日本の大学・研究機関もCBDに関心を持ち始め、これらの国際ルールを初めて知った人や自覚した人が増えました。そのような意味で愛知のCOP10と「名古屋議定書」発効は非常に助かりました。
SATREPSが始まったころは、まだCBDにどう対応すべきかがわかりませんでした。当時、「一般財団法人 バイオインダストリー協会(JBA)」が先端を切って情報収集と発信をしていましたが、どこも手探り状態でした。そのころからJBAの生物資源総合研究所に相談させていただきながら、JSTは遺伝資源の取扱いに関して手探りで注意喚起を続けてきました。開発途上国において厳しい国内法が整いつつあり、遺伝資源を使っていた医薬品関係の企業が多数撤退していった時期です。SATREPSの課題でも、相手国の遺伝資源を日本に持ち込めず、日本での解析ができないまま課題を終えなければならなかった事例もありました。

Q5.遺伝資源の取扱いについての将来的課題は何でしょうか?

遺伝資源の取扱いに関して、現在、国際会議で様々なことが話し合われ、新たな取決めができつつあります。JSTとしては、これらのルールを守るということを常に言い続けていくというスタンスです。さらに、SATREPSにおいて社会実装する際には、もうワンステップ手続きが要ることを自覚してもらいたいと思います。
開発途上国で研究活動と社会実装を行うためには、相手国側の受け入れに対する理解と日本側の国際ルールを守るということの両方が重要です。相手国の中には、自国の遺伝資源についてはある程度利用してもらい、その代わりにハイテクノロジーを導入して科学技術水準を向上させるという考え方に代わってきている国もあります。

おわりに

SATREPSでは「名古屋議定書」が発効する以前から「生物多様性条約」などのルールに則った遺伝資源の移動について指導をしてきました。現在では各国の情報をJBA、「国立遺伝学研究所」、「独立行政法人 製品評価技術基盤機構」のHPで得ることができますが、当時は情報を得ることにも大変なご苦労があったのではないでしょうか。
申請書の段階から課題が終了するまで、生物資源の利用について細かい指導がなされています。しかし、実行するのは研究者ですので、研究倫理に反しない行動が必要です。
次に示す7項目は実際のSATREPSセミナーでの「ABSではどう扱うか」という質問です。自信をもって答えられるでしょうか。
・SATREPSは学術研究なので対象外
・形ある遺伝資源だけが対象でDNA情報などは関係ない
・名古屋議定書発行前に持ち込んだ遺伝資源なのでABSは関係ない
・ABSで問題となる利益は金銭的利益のみ
・資源国の学生が日本に持ってきた遺伝資源はABS対象ではない
・ABSの手続きを整えればどんなサンプルでも日本に持ち込める
・資源国の市場で販売している特産の果物を買って、日本に持ち込み、化粧品開発などを目的に成分研究をするのは問題ない

SATREPSにおける遺伝資源の取扱いについてご説明いただいたJST 発 正浩博士に厚く御礼申し上げます。
インタビュー日:2024年11月25日

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