目次
はじめに
「令和6年度九州地区大学等名古屋議定書対応に関する勉強会(琉球大学 研究推進機構 研究企画室主催)」が、2024年12月20日に琉球大学で開催されました。この勉強会は九州地区の大学・研究機関が中心となり、名古屋議定書の対応に関する情報共有を目的としています。ここでは、この会の内容の一部を紹介します。
1.講演「ABSの基本とCOP16などの最新情報の提供」
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 ABS支援室 室長 鈴木睦昭氏
講演の内容は次の4点でした。
(1)なぜABS対応が必要か?
(2)生物多様性条約、名古屋議定書、ABS指針とは
(3)大学・研究機関におけるABS対応体制の構築・運営
(4)最近のABSを取り巻く話題(DSI、WIPO)
話題が広範でひとつひとつが深堀りされていました。ここでは特に(3)についてお伝えします
1)ABS対応体制の構築・運営
遺伝資源を国際的に移転して使用するにはABSを守るだけではなく、外為法、ワシントン条約、食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)、カルタヘナ法など関係する様々な規則を守る必要がある。研究インテグリティや研究セキュリティという観点から、これらの遵守は重要である。そこで、当ABS支援室では、「バイオリソースの輸出入に関する法的契約面でのトータルリスクマネジメント手法の手引き(ハンディ版)」を作成した。また、SATREPS1)のホームページにおいて、遺伝資源へのアクセスと利益配分の相談窓口としてABS支援室が紹介されており、関係者の相談受入の体制を作っている。
1)地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム
2)海外との体制構築
タイ、ベトナム、マレーシア サバ州、インドネシアとのABS対応体制の構築について紹介する。
a. タイ
タイは名古屋議定書の締約国ではなく、ABSに関する法律(Biodiversity Act)はまだ施行されていない。この法律については、2017年に起草が開始され、2023年には議会へ草案が提出されたが、2024年に再審議のため議会により差し戻された。したがって、現時点では関連法令2)を守らねばならない。そこで、ABS支援室から働きかけて、2023年にタイの「経済開発局(BEDO)」にABSヘルプデスク3)を作ってもらった。これまでに日本から5件ほどの相談が寄せられており、効果的に機能しているようである。
2)関連法令は国立遺伝学研究所ABS支援室のHP参照。
3)bedo-abs@bedo.or.th
b. ベトナム
ベトナムにおいては、アカデミアが行う遺伝資源の非商業利用の場合には、必要書類を用意することにより比較的簡単な手続きにより対処できる。ただし、遺伝資源の国外への持ち出しや送付に関する手続きを全てベトナム側機関が行うことが重要である。ベトナム人の留学生が自らの研究のために日本へ持ち出す場合にも同様の手続きが必要となる。
c. マレーシア サバ州
マレーシア サバ州産の研究サンプルを正規の手続きを経ないで用いて執筆された論文が、撤回になったという事件が起こった。韓国の博物館にあったサバ州産の昆虫サンプルを使った研究成果を、韓国の研究者が論文にしたところ、採集許可を取っていない違法なサンプルだとサバ州からクレームがあったとのことである。事件の後、ABS支援室はサバ州に連絡を取って適正な情報提供を頼み、2024年2月に日本の研究者、研究支援者向けのオンラインセミナーを行った。
サバ州は州独自の「サバ州生物多様性条約2000」を制定しており、サバ州生物多様性センター4)が設置されている。このセンターへオンライン申請することにより、アクセスライセンスと輸出許可を得ることができる。
4)https://sabc.sabah.gov.my/
d. インドネシア
インドネシアでは、以前は「インドネシア科学院(LIPI)」が推薦状などを出す機関であったが、最近では「国立研究革新庁(BRIN)」が役割を担っている。同庁の倫理委員会に申請書類を提出し、研究許可を得るという形であり、ほとんど以前のLIPIでの手続きと変わりはない。
3)アジアアカデミックABSフォーラム
この話題の最後にアジアアカデミックABSフォーラムを紹介する。2023年にアジア各国の政府関係者とABS関係者が東京に集結し、対面で各国の基本的な規則などを発表し合った。2024年11月に第2回をタイで開いた。第3回は韓国、第4回は東京での開催を予定している。
2.講演「大学が行う非営利目的研究の企業が行う営利目的研究への変換」
琉球大学客員教授 森岡 一氏
講演の主な内容は次の3点でした。
(1)ABS基本事項に関する提供国の新しい傾向
(2)非営利第1相利用者と営利第2相利用者の間の利益配分
(3)提供者と利用者の間の利益配分
1)ABS基本事項に関する提供国の新しい傾向
本日の話は、遺伝資源の利用から生ずる利益の配分であり、「生物多様性条約(CBD)」の3番目の目的に当たる。遺伝資源の利用により利益が出る。それを提供国と利用国とで配分しなければならないということがCBDの基本である。CBD第15条第7項と「名古屋議定書(NP)」第5条に、利用による利益のことが書かれている。利益配分のトリガーは利用時であって、取得時ではない。取得の時期に関わらず、利用時に利益配分の義務が生じる。
遺伝資源の利用から出た非金銭的利益や金銭的利益をどのように提供国と利用国で配分すればよいのかということであるが、ここでは、特に金銭的利益について述べる。
利益配分には非営利第1相利用と営利第2相利用の2つの相がある。前者には利用国の利用者と提供国の利用者が含まれる。これはABSでいうところの提供者と利用者の間の利益配分ではなく、共同研究契約に基づいた利益配分である。後者はライセンスによる営利的利用による利益配分である。
また、提供国には主権的権利があり、CBDに関係なく、遺伝資源の所有権は提供国のものであると提供国は考えている。従って、利用国に保存されている遺伝資源を第三者移転する際、つまり利用目的の変更は、新たな利用とみなされ、提供国の許可が改めて必要となる。また、現在、生息域外にある提供国由来の遺伝資源の変換も進められている。
2)非営利第1相利用者と営利第2相利用者の間の利益配分(ライセンス)
非営利第1相利用者(以下「大学」という。)がライセンス契約をするときにはノウハウの観点から非常に困難を伴う。医薬・バイオ関係に限って言えば、大学と営利第2相利用者(以下「営利企業」という。)とのライセンス契約において最も重要なことは、ウィンウィンの結果を目指すということである。この分野のライセンス契約交渉の項目としては、前払い金、マイルストーン金、ロイヤリティなどいくつかあるが、ロイヤリティの決定が特に難しい。
3)提供者と利用者の間の利益配分(ABS)
大学が営利企業とライセンス契約を締結し、大学が提供国の提供者(利害当事者)に金銭的利益を支払うことになるが、これが非常に難しい。CBDには利益の配分、NP付属書には金銭的利益配分のリストがあるが、具体的にどのように配分するかは書かれていない。
営利企業が提供国の国内法に対応する場合、相互に合意する条件(MAT)の再取得が必要となるが、金銭の配分に関して紛争が起きやすい。この場合、明らかに提供国が有利となり、CBDの基本原則である公平かつ衡平な利益配分ができなくなる可能性が高い。
さらに、大学側には金銭的利益配分の交渉の経験者が少なく、不平等な契約を結ぶ可能性がある。交渉の戦略としては、非金銭的利益(能力開発、研究協力など)のメリットを強調し、できる限り金銭的利益に還元することである。
営利企業からみた金銭的利益配分の問題点としては、まず、大学が提供国から遺伝資源を取得した際に法令を適切に遵守しているか、契約は妥当であるかということが挙げられる。さらに、営利企業が提供国の提供者と新たな人間関係を適切に構築できるかどうかである。
3.参加機関による意見交換
意見交換の基となる事前質問には、以下の話題が提出されていました。
1)各大学や組織の事務体制
2)各大学や組織のDX化、管理体制
3)各大学や組織のABS手続きの流れ
4)ABSに関する教材、資料
5)国際法務を担当する部署の有無
おわりに
本勉強会への申込は国立遺伝学研究所ABS支援室からのメーリングリストに掲載されました。沖縄県内3機関、沖縄以外の九州地区2機関、その他1機関からの参加がありました。
講演1については、アジアアカデミックABSフォーラムのメンバー国のつながりが深まっており、アジアの国々の最新情報がABS支援室に集められていると感じました。講演2では、利益配分のトリガーが遺伝資源の利用時であること、さらに、大学での研究段階から営利企業の商業的利用に移る場合の難しさを学びました。
コメント
COMMENT