目次
- はじめに
- Q1:対象とする微生物とご研究内容について教えてください。
- Q2:ご自身で海外へ渡航して生物を採取されることや、海外の共同研究者から送ってもらうことはありますか。
- Q3:研究活動を他の方々に広く伝えるような取り組みをされていますか。
- Q4:国内への移動に伴う植物防疫に関する手続きは、ご自身で対応されていますか。
- Q5:ABSの利益配分についてどのようにお考えでしょうか。ノルウェーにも共同研究者はいらっしゃるのでしょうか。
- Q6:他の研究者の方々に向けて、ABSについてメッセージはありますか。
- Q7:話題が変わりますが、「日本水産増殖学会」に所属されていたり、狩猟免許をお持ちと伺いました。これも研究と関係があるのでしょうか?
- おわりに
はじめに
大阪公立大学 大学院農学研究科 応用生物科学専攻の東條元昭教授に、国際的フィールド研究と海外からの微生物輸入に関してお話を伺いました。東條先生は、植物病原微生物とその拮抗微生物の同定を中心に、環境調和型防除法の開発を目指しておられます。また、北極圏や南極圏で微生物採取を行うなど、国際的な研究活動にも取り組まれています。海外からの微生物の輸入に際し、植物防疫法への適切な対応について、また、ABSに関してはコンプライアンスの徹底とその情報共有の重要性についてお考えを伺うことができました。
Q1:対象とする微生物とご研究内容について教えてください。
研究の約6割を植物病原微生物の同定に充てています。病原体の種が特定できなければ、有効な防除対策が立てられないため、学生とともに研究を進めています。
また、拮抗微生物も研究対象です。これは、SDGsの観点から環境調和型の防除法を確立し、持続可能な農業生産と経済活動を支えるためです。農業生産において農薬は絶対に必要ですが、使用を控えられる場面では、バイオコントロール、すなわち拮抗微生物などを使って補うということです。さらに、拮抗微生物の働きを十分に発揮させるためには、適切な環境条件を整えることが重要です。拮抗微生物の種類によって活動しやすい環境は大きく異なるため、種を同定し、自然条件下におけるその微生物の性質や生態を把握する必要があります。
植物病原微生物については、世界中で情報が蓄積されており、種を同定すれば、既存の知見からその性質をある程度把握できます。しかし、拮抗微生物は病害を引き起こすことがないため、これまで十分に研究されてこなかったのが現状です。
Q2:ご自身で海外へ渡航して生物を採取されることや、海外の共同研究者から送ってもらうことはありますか。
現在は、北極圏ノルウェー領スバールバル諸島のスピッツベルゲン島にあるニーオルスン基地*1を拠点に、微生物を採集して日本へ持ち帰ることが最も多くなっています。日本の国立極地研究所も施設を設けており、ノルウェー政府の管轄のもと、20か国以上の研究者が集まり、情報を交換しながら個々またはグループで研究を進めています。
ここでは、極地の微生物を国際的な共有財産と捉え、円滑な移動が可能となる制度が整備されています。国立極地研究所が許可の手続きを行い、共同研究という形でかなり自由度の高い調査を行えます。
以前は年に数回訪問していましたが、現在は2年に一度夏季に現地に滞在してサンプルを採取しています。訪問の約半年前には、スバールバル総督府の管理システムに研究目的、調査地域・地点、活動内容、使用装置などをオンラインで登録します。この情報は他の研究者も閲覧可能で、研究活動や成果が広く共有される仕組みになっています。
申請は個人で行いますが、国立極地研究所の北極観測センターが管理を担っています。同センターは大学研究者の支援だけではなく、幅広い仕事をしています。例えば、日本の小学校と北極・南極を結ぶ中継イベントなども実施しており、子供たちが手を振って「寒いですか?」と元気に質問する楽しい場面もありました。
なお、南極にはこれまで2回行きました。興味深いことに、北極圏と南極圏の微生物には共通点が見られます。直近の氷河期には大陸が氷河で覆われ、海水面が低下していたため、人や動物の移動があり、植物の移動も人や動物の活動によって引き起こされた可能性があります。
*1 国立極地研究所のサイト
Q3:研究活動を他の方々に広く伝えるような取り組みをされていますか。
はい。国の予算で研究活動をしていますので、なるべく研究内容をオープンにし、透明性を確保するよう努めています。また、大学に所属しており、身近に大学院生が常にいますので、彼ら数名とともに2年に一度、必ず北極に滞在しています。彼らは卒業後、各地で活躍しており、北極・南極関連の仕事に進んだ学生もいます。
また、植物病原体の同定に関わる技術者の需要も高まっていると感じます。気候変動の影響で、想定外の病原微生物が人間や家畜、そして植物にも侵入するリスクが増加しています。これに対応できる人材の育成は、今後ますます重要になると考えています。
Q4:国内への移動に伴う植物防疫に関する手続きは、ご自身で対応されていますか。
はい、自分で行っています。最近では、輸入禁止品の輸入許可申請において押印が不要になったり、農林水産大臣名の記載が省略されたりと、手続きの簡素化が進んでいます。また、オンライン申請も可能です。一方で、地震などの災害によるリスク管理を強く指導されます。例えば、地下の保存庫が浸水して、輸入禁止品が流れ出すなどの危険性です。
Q5:ABSの利益配分についてどのようにお考えでしょうか。ノルウェーにも共同研究者はいらっしゃるのでしょうか。
はい、ノルウェーには共同研究者がいます。論文の共同執筆や、彼らの学生の日本への受け入れなどを行ってきました。2年に一度のノルウェー訪問時には、学生とともに研究者のご自宅に宿泊させてもらうなどの交流があります。
南極で知り合ったイギリスの研究者とも非常に密に連携しています。現在も微生物の同定などを共同で行っています。2回目の南極訪問時には、イギリスの基地に滞在しました。そのときほぼ同年代のイギリス人研究者と知り合い、2ヶ月弱ほど一緒に過ごしました。日本人は私一人で、その他全員イギリス人という環境でした。今でも、彼と私はほぼ同期にニーオルスンを訪れています。イギリス人研究者らが主催する北極の微生物学授業に講師として招かれることもありましたし、白夜に親しく語らった時間も貴重な体験です。
Q6:他の研究者の方々に向けて、ABSについてメッセージはありますか。
ABSに対して、「違反すると逮捕されるのではないか」といった過剰な不安を持つ方もいようです。しかし、北極圏での研究は比較的進めやすい環境が整っており、第二次世界大戦後の安定期に確立された国際的な枠組みの下で、秩序ある統治と研究支援が機能しています。
現在、海外からの学生受け入れを検討しています。その際には、可能であれば彼らの母国の微生物を対象として一緒に研究したいと考えています。自国の遺伝資源について研究することは、学生のモチベーション向上につながります。
大学内で、ABSに関連する課題や対応手順を具体的に示すことで、学生は非常に敏感に反応し、理解も早く進みます。コンプライアンスに即して、母国の生物を研究材料とした留学生の取り組みを学生同士で共有することは、研究倫理の実践として大変意義深いと感じています。
Q7:話題が変わりますが、「日本水産増殖学会」に所属されていたり、狩猟免許をお持ちと伺いました。これも研究と関係があるのでしょうか?
はい、すべて関係しています。私が研究する微生物がノリに感染して生産を妨げる事例があり、水産試験場と共同研究を行う関係から、「日本水産増殖学会」に所属しています。
狩猟免許は、北極でのホキョクグマ対策として取得しました。また、植物を鳥獣害から守る研究にも関係しています。ただし、現在は銃の所持をやめています。長期出張中に自宅で保管するリスクを避けるためです。一方、ノルウェーや日本のように公的に銃を保管できる場所では、現地で必要に応じて使用することができます。
おわりに
東條元昭教授は、2024年10月31日に開催された「農業生物資源ジーンバンク事業40周年記念シンポジウム―遺伝資源の徹底的な活用に向けて―」のパネルディスカッション「ジーンバンク事業の現状」にて登壇されました。紹介文に記載された「植物病原体とその拮抗微生物の探索:卵菌・真菌・細菌の同定、新種記載、分離・接種法の開発。被害リスクや野外での動態を国内外で調査」というご経歴の「海外での調査」に注目し、インタビューをお願いました。北極でのご研究の様子は非常に興味深く、ABS手続きについても、実践をとおして学生と情報を共有し、研究倫理を体得させるという姿勢には大いに学ぶべき点があります。
貴重なお話をお聞かせいただいた東條元昭教授に、心より御礼申し上げます。
2025年8月7日
コメント
COMMENT