はじめに

玉川大学 渡辺京子教授が代表を務めるSATREPS1)のプロジェクト課題2)における、特に病原菌の菌株の収集と保存についてABSの対応状況を伺いました。プロジェクト開始直後コロナ禍による渡航制限により1年半ほど当初計画どおりに進めることができなかったとのことです。また、カウンターパートであるセントラル・ルソン州立大学(CLSU)の研究代表者の交代など思わぬアクシデントもあったようです。しかし、その中でもオンラインを屈指し、現地での活動の準備を入念に行い、活動を始められました。
1)SATREPS:https://www.jst.go.jp/global/kadai/r0207_pilipinas.html
2)難防除病害管理技術の創出によるバナナ・カカオの持続的生産体制の確立:https://www.jst.go.jp/global/kadai/r0207_pilipinas.html

1.プロジェクトの概要

研究期間は2020年8月から5年間です。フィリピンにおいてバナナとカカオは重要な換金作物として位置づけられており、それらの収量は生産者の生計を大きく左右します。しかし、これら作物にとって難防除病害が大きな問題となっています。このプロジェクトでは、それぞれの作物の2大病害を対象として総合的な難防除病害管理体系を確立することを目指し、4つの研究課題を掲げています。
(1)CLSUへの菌株保存セクションと植物病害診断セクションの設置
(2)バナナの病害防除技術開発
(3)カカオの病害防除技術開発
(4)開発技術の経済性評価と技術普及

2.菌株輸入に当たっての具体的ABS対応

菌類の採集と分離をルソン島地区5州、ビザヤ地区2州、ミンダナオ地区2州において、合同およびフィリピン側単独で行いました。分離した菌株を2021年8月からABS対応を行ったうえで、日本へ移動しています。
国立遺伝学研究所ABS支援室のHP3)を見るとフィリピンのABS情報について6段階のアクセス手順が詳細に記載されています。けれども、このHPは2021年10月に更新されたものであり、プロジェクト開始時は手探りで独自に対応を進めなければなりませんでした。
3)各国情報フィリピン:https://idenshigen.jp/database/qrca/philippines/
具体的には次のような手順で進めました。

1)玉川大学とCLSUで「共同研究契約CRA」の締結

CRAに「相互に合意する条件(MAT)」と「CLSUの事前承諾書」の内容、「素材移転契約MTA」の必要性を記載しました。日本側の共同研究機関として、東京農工大学と三重大学が参加しました。

2)「無償研究許可証GP」の取得

CLSUがフィリピン管轄省庁(土壌は「環境天然資源省DENR」、生物は「農業省DA」)から「無償研究許可証GP」を取得しました。

3)採取菌株のルソン島への輸送許可の取得

菌株を収集した島からCLSUのあるルソン島への輸送のために、それぞれの島を出るときに空港にあるDAの「植物産業局BPI」からそのつど許可を取得しました。
しかし、ミンダナオ島で収集したバナナからの菌株については、たとえ研究目的であっても、ルソン島へ運べないという規制があります。理由は、他の島での病気の発生源になるということです。植物の移動制限は聞いてましたが、菌株については対象外であると思っていました。そこで、ミンダナオ島のBPIから特別に許可をもらい、ミンダナオからマニラを経由して直接日本へ送ることを可能にしてもらいました。従って、ミンダナオ島の菌株は日本でのみ保管されています。将来CLSUに菌株保存セクションを作る予定ですが、日本から移せる菌株と移せないものが生ずる可能性があります。このことは大きな問題です。
また、カカオからの菌株については制限ありませんが、持ち出した菌と同種の菌がルソン島で新たに発見された場合、持ち出した菌が逃げたのではとのあらぬ疑いをかけられる恐れがあります。これらの菌株も、CLSUで保存はしないということにしました。日本では病源菌については、厳重管理のもとで研究して防除法を見つけ出すというスタンスですが、フィリピンでは研究目的でもとにかく病原菌を排除するという対応がとられているようです。
なお、ミンダナオ島の空港で手続きが止まったことがありましたが、DAの上層部の介入で解決できました。DAにはプロジェクトの内容について十分な理解が得られているようです。

4)日本へ輸入するための「輸出許可証」の取得

植物についてはDAの「輸出許可証」が必要ですが、菌株についてはまちまちで、必要といわれたり、不要なことがあったりと、一貫していません。

5)日本の植物防疫への対応

日本へ輸送するつどMTAを締結し、すべてを未同定の菌である「輸入禁止品」として許可を申請します。日本の共同研究機関へは「管理施設の追加」により菌株を分譲しています。
なお、日本からフィリピンへの菌株の輸出は非常に厳しく、フィリピンですでに報告のある菌株のみが持ち込めます。日本では、試験研究目的であれば、未同定の菌株を「輸入禁止品の輸入許可申請」により持ち込める可能性があります。けれどもフィリピンには、日本のこのような制度はありません。CLSUにも日本と同じ菌株をおいてありますが、もともとはフィリピンで採取されていたにも関わらず、日本側で単胞子分離したものをフィリピンへ送り返すことも禁止されます。将来、日本の菌株をCLSUへ返すためには、論文などによりフィリピンで既知の菌であることを証明しなければなりません。一方、このことがCLSUの知識・技術力向上につながる可能性があります。

3.ABS対応の重要性の共有

生物多様性条約の概要やABSに関するフィリピンの国内法について日本とフィリピン側の合同勉強会を2021年に2回、2022年に1回行いました。この勉強会の目的は、国際条約に基づくフィリピン国内のABSの概要や関係法令知識を得ることです。将来CLSUに菌株保存セクションができたときに、国外へ配付するなど菌株保存機関としての意義を認識し役割を果たすため、国内法令に則った配付ができることを目指しています。

おわりに

現在では、プロジェクトの目的と成果が、多くの生産者を抱える現地の国際的なバナナ販売会社や生産者の団体に理解され、防除技術の普及にも道が開けつつあるということです。渡辺教授は名古屋議定書が効力を発する以前にもカナダ ブリティシュコロンビア州から合法的な菌株の収集・輸入にチャレンジしました。研究インテグリティの高さを見習いたいものです。

インタビュー日 2024年10月24日
プロジェクトについてご説明いただいた玉川大学 渡辺京子教授に厚く御礼申し上げます。

関連キーワード

この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP
MENU
お問い合わせ

abs@terayoshi-gyosei.com