はじめに

スロベニア共和国は、1991年にユーゴ構成共和国から独立し、2004年にEUとNATOに加盟しました。四国ほどの国土に約210万人(2022年・世銀)が暮らしており、国語はスロベニア語です。この国の大学から加工した土壌を生化学的試験のため、日本の大学へ輸入した2024年の事例を紹介します。

1.基本的ABSプロセス

海外の遺伝資源を利用する場合の具体的プロセスは7段階あります。ただし、提供国、提供組織との関係や遺伝資源の種類によって手続きが不要な場合や、順番が前後することもあります。
1)信頼できる提供国相手の決定
2)提供国のABS情報の収集
3)他の国際条約、利用国(日本)の法令の遵守
4)「相互に合意する条件(MAT)」を盛り込んだ契約の締結
5)提供国政府から「情報に基づく事前の同意(PIC)」の取得
6)「材料移転契約(MTA)」の締結
7)輸送手段の確保

2.具体的な対応

1) 提供国の相手

相手はスロベニアの大学研究者でした。

2) 提供国のABS情報

スロベニアは名古屋議定書の締約国ではありませんが、EUに加盟しています。ABSCH(ABSクリアリングハウス)HPを見ると、ABSNFP(ABSナショナルフォーカルポイント)と3本のEUの法令が載っていました。

ⅰEUにおける遺伝資源へのアクセス及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書に基づく利用者に対する遵守措置に関する欧州議会及び理事会規則 (EU) No 511/2014(2014年4月16日)(名古屋議定書の個々の批准にかかわらず、すべてのEU加盟国に適用される。法的拘束力あり。)

ⅱコレクションの登録簿、利用者による遵守のモニタリング、及び最良の実例に関する欧州議会及び理事会規則 (EU) No 511/2014の実施のための規則を詳細にわたり定める欧州委員会実施規則2015/1866(2015年10月13日)(すべてのEU加盟国に直接適用される。法的拘束力あり。)

ⅲEUにおける遺伝資源へのアクセス及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書に基づく利用者の遵守措置に関する欧州議会及び理事会規則 (EU) No 511/2014の適用範囲及び主な義務に関するガイダンス2016/C 313/01(法的拘束力なし)

EU・ABS規則の第4.1条には、Due diligenceについて、また、欧州委員会の通知の第4.1条には、研究助成を受けた研究におけるDue diligenceとして遵守すべきルールが書かれていました。
そこで、NFPにメールを送り、スロベニアのどのような規制を守って輸入すればよいかを問い合わせました。7日間たっても返事がないので、相手国研究者にABS対応の必要性を説明し、NFPに聞いてもらうことにしました。最初、相手国研究者は自分の大学の専門家に聞いていたようですが、要領を得ませんでした。政府に直接聞くように再度頼んだところ、NFPから相手国研究者にスロベニア語で回答があり、手続きは必要ないということになりました。日本人研究者から相談を受けてから71日目でした。回答の要旨は次のとおりです。
・スロベニアでは、保護されている野生動植物種のみが、自然界からの採取およびEU域内への輸出・移転の認可の対象となる
・ワシントン条約の付属書に記載されている種の場合、輸出の前に関連する文書を入手しなければならない
・現在のところ、本件の研究対象となる試料を入手するために、名古屋議定書で義務づけられているような事前の同意や相互に受け入れ可能な条件合意(PICとMAT)は必要ない
・遺伝物質の取得と取り扱いの合法性に関する貴殿からの連絡は、規則(EU)No 511/2014の第4条の1に従ったDue diligenceを証明するものである

3) MAT

上記から、MATは必要ありませんでした。しかし、両国の組織は、国際的助成金制度に基づき、共同研究契約CRAをすでに結んでいました。

4) PIC

上記からPICも必要ありませんでした。

5) MTA

CRAに遺伝資源の送受にはMTAを組織間で締結する必要性が明記してありました。通常、提供者であるスロベニア組織のMTAの内容で締結しますが、用意がないというので、日本組織から簡易な様式のMTAを提案し、承諾されました。

6) 日本の法令

土壌は植物防疫法の輸入禁止品に該当します。相手組織の研究室で乾燥するなど加工した土であっても、高圧殺菌(120℃、20分間以上)あるいは電気炉の利用による乾熱殺菌(500℃、2時間)以外の処理では殺菌したことになりません。
「輸入禁止品輸入許可申請」を管轄の植物防疫所に行い、実地調査を経て、「輸入許可証」が送られてきました。

7) 輸送

日本の大学研究者がスロベニアへ行き、同国の大学研究者と共に土壌を採取しました。渡航中に加工の手はずを整え、日本へ帰国後にスロベニア研究者が加工土壌をEMSで郵送してくれました。輸送に当たっての注意事項は以下のとおりです。
ⅰ)申請書に記載した輸入禁止品の数量を超えないこと
ⅱ)申請書に記載した梱包方法どおりであること
ⅲ)「輸入許可証」(イエロー・タグ)を1箱に1枚貼ること
ⅳ)送付票の送付先は必ず申請書に記載した植物防疫所気付けとすること
サンプルがいつ届くか気をもみます。相手組織の研究者にEMSの送付票番号を聞いておくと追跡ができます。植物防疫所を無事通過した輸入禁止品は、手元まで着払いで届けられました。届いた箱の中に「輸入通知書」が入っていたので、これをもとに「輸入禁止品輸入到着報告書」を提出しました。

おわりに

4月にサンプルの現地採取の構想が具体化して夏に採集をし、11月初めにはサンプルを手元に受け取ることができました。「輸入禁止品輸入許可申請書」には、輸入禁止品の状態や数量などを詳しく記載する必要があります。現地での採取内容について、箇所ごとの土壌の形態と採取量を日本人研究者が詳しく表にしてくれたので、現状を把握できました。申請書の数量を超えるものを送ることはできませんので、箇所数と採取量を少しずつ多めに申請しました。植物防疫所の現地調査の際に、検査官の方が、風袋を含めてこの重量で大丈夫ですねと何回も念を押してくれましたが、風袋を含めても大丈夫でした。EMSで送ることのできる上限は30kgです。当初2梱包を予定しましたが、1梱包に収まりました。梱包数を減らすことに関しても特に問題はありませんでした。
申請書の「輸入後の管理方法及び場所」には、試験の内容について具体的かつ詳細に記載します。この試験では全DNAの抽出と増幅、シーケンスを行います。輸入を許可されたときに交付される「許可指令書」には、使用中及び使用後の殺菌処理として、土壌から抽出した核酸及び増幅産物を含むと書かれています。従って、土壌からの抽出した全DNA、PCR産物も規制の対象となります。外部組織にシーケンスを依頼する場合には、管理施設の追加が必要とのことです。シーケンス受託会社などはあらかじめ植物防疫所の検査済みのところもあるそうです。

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