目次
はじめに
BioJapan2025(2025年10月8-10日、パシフィコ横浜)において、国立遺伝学研究所ABS支援室が、マレーシア森林研究所(FRIM)の研究者2名を招いて、「海外遺伝資源の国際連携の促進に向けて:マレーシア森林研究所の活動紹介」というプレゼンテーションを行いました。今回は、この2名の研究者の発表内容を紹介します。
特に2番目の講演では、先住少数民族に敬意を払いながら、マレーシアの伝統的知識を現在の科学的研究とどのように結び付けているかを説明いただいています。
1.講演
「FRIMの活動目標と天然物部門の概要、およびマレーシアにおける薬用植物の探索
FRIM天然物部門チーム長
Dr. Mary Khoo Gaik Hong
1)FRIMの活動目標
FRIMは、マレーシアのバイオエコノミーを推進することを目的として活動しており、そのために3つの取組を行っている。
(1)天然物由来の新しい有効成分の探索と利用技術の開発
(2)生物多様性の持続的な生産への利用
(3)伝統的知識の活用促進
天然物部門では、「生物資源プログラム」、「バイオプロスペクティング(生物資源探索)プログラム、「ハーブ品質管理プログラム」などを展開している。
これらのプログラムの連携により、次の活動を行っている。
(1)持続可能な開発と天然資源の利益配分のための、民族植物学および伝統的知識の記録化
(2)ハーブ産業および製薬産業における、天然物の持続可能な利用のための科学的知見の創出
(3)高品質で安全かつ効果的な美容医薬品や健康補助食品のための、標準化抽出物、有効成分、試作品の開発
(4)原材料、抽出物、製品の品質保証プロトコルの策定
(5)ハーブ産業、研究機関、大学に対する技術サービス、研修、コンサルティングの提供
2)FRIMにおける研究状況
FRIMの研究施設には、35,000点を超える植物標本、1,300点以上の抽出物、180種の純化合物など、豊富な生物資源が保存されている。さらに、DNAデータベースや微生物コレクションも整備されており、あらゆる天然物研究の基盤を支えている。
FRIMの研究所は、ISO9001およびISO17025の認定を受けており、マレーシア保健省の伝統製品試験機関として指定されている。植物の同定、抽出、化学分析、生物活性評価、製品開発まで幅広く対応しており、抗酸化、抗炎症、抗菌、抗がん、抗糖尿病などの試験を実施している。
3)具体的成果
(1)Palaquium guttaの研究
これはアカテツ科の樹木で、これまで歯科用ラテックス(gutta percha)以外の医薬的利用は知られていなかった。生物活性評価では、抗糖尿病、抗炎症、抗酸化、抗微生物、抗癌、抗トリパノソーマ(寄生虫)作用を確認した。この樹木は高い総フェノール含量を示し、これらフェノール化合物が生物活性に寄与している可能性が示唆された。
(2)Chromolaena odorataの研究
ヒマワリヒヨドリはキク科の多年草で、道端や荒地などに多く見られる。伝統医療では切り傷、咳、腸痛、マラリアなどに利用されてきた。
この植物の抽出物には、酸化ストレスに対する細胞保護効果、黄色ブドウ球菌などへの抗菌活性、強い抗炎症作用、高い抗酸化力、糖分解酵素阻害による抗糖尿病作用が認められた。フェノール類やフラボノイドの含有量が高く、これらが生理活性に寄与していると考えられる。今後、標準化抽出物を用いた試作品の開発が予定されている。
2.講演
「マレー半島における薬用植物の伝統的知識の記録と生物資源探索を通じた遺伝資源管理の推進」
FRIMシニア研究員・「生物資源プログラム」責任者
Dr. Fadzureena Binti Jamaludin
(専門分野:天然物化学、生物活性評価(特に抗炎症作用)、伝統的知識の記録、および民族植物学)
1)伝統的知識(Traditional Knowledge, TK)とは
TKとは、ある共同体の中で世代から世代へと受け継がれてきた知恵、技術、慣習の総体であり、その共同体の文化的・精神的アイデンティティの一部を成している。
マレーシアでは、生物多様性条約や名古屋議定書に基づき、TKを文書化し、適切に管理する義務がある。そのため、FRIMでは、マレー半島における薬用・芳香植物に関するTKの包括的記録プロジェクトを進めている。
2)伝統的知識記録の実態と成果
現場調査では、まず『迅速農村調査』により地域社会の植物利用や知識体系を把握し、次に『意識向上ワークショップ』を通じて研究の目的や利益配分の考え方を共有する。その後、社会経済調査を行い、『事前同意』を3段階に分けて実施し、調査前・標本採取前・製品開発段階で地域社会の承認を得る。地元の協力のもと植物標本を採取し、FRIMの研究室で乾燥・粉砕後、メタノール抽出を行い、抗酸化、抗炎症、抗菌、抗糖尿病、抗がん作用などの試験を実施する。また、安全性評価も並行して行う。
Orang Asli(先住少数民族)に関する取り組みにより次の成果が得られた。
• Orang Asliから1,336人の協力者を得て、2,640件の情報を収集
• 792種の植物を記録
• 103種の植物で生物活性評価を実施し、37種が有望と判明
• 33種から284点の遺伝資源を収集
• 10件のプロトタイプ製品、4件の標準化抽出物を開発
• 40名のOrang Asliが技術移転ワークショップに参加
3)伝統的知識の共有と発信活動
FRIMでは、TKの共有と発信活動も重視しており、これらをとおし、地域社会との信頼関係を構築している。
• TK関連植物標本庫の整備
• 小学校でのポスター展示
• TK展示会や技術移転ワークショップの開催
• 先住民との情報提供プログラム
• TKセミナーおよび技術講演会の実施
4)マレー伝統的知識の記録活動と成果
マレー系の伝統医師に対し、事前同意を得た上で全国的な調査を実施した。社会経済的背景、治療法、薬用植物の使用状況などを詳細に聞き取って記録し、採取した植物を標本化・同定の上データベースに登録している。
TKの収集には『口述記録』と『文献記録』の二つの方法を用いた。口述記録とは、伝統医師への対面インタビューを通して知識を収集し、協力を得て実際の使用地から植物を採取する。文献記録とは、『癒しの書(Kitab Tib)』と呼ばれるマレーの医学書を解析するため、ジャウィ文字(Jawi)で書かれた文献をローマ字に転写した上で、薬用植物名および調製法を特定した。
これまでに100冊以上のマレー医書が確認されており、国内では国立図書館に約40冊、その他機関に10〜20冊、国外ではオランダ・フランス・イギリス・インドネシアなどに所蔵されている。
マレーTK記録の成果として次の項目が挙げられる。
• 4,975名の伝統医師のうち、358名を詳細調査
• 伝統医療器具165点を収集(FRIMでは40点保管)
• 2,144件の植物標本を作成し、データベース化
• 848種の薬用植物を特定
• 13冊のKitab Tibを転写
• 5冊の出版物とデータベースを整備
5)包括的記録プロジェクトの意義と必要性
このプロジェクトの意義は次のとおりである。
• TKを「先取権・新規性の証拠」として文書化し、生物資源の不正利用(バイオパイラシー)を防止
• 名古屋議定書およびABS法(第795号)に基づく利益配分を実践
• 標本・データベース・出版物・遺伝資源を通じてTKを保全
• 若い世代への教育・意識啓発を通じ、ハーブ産業の発展に寄与
TKの記録と研究開発の継続が必要な理由は次のとおりである。
• 経済的価値の潜在性
• 文化遺産および知識の喪失リスク
• 生物多様性と知識の保全の必要性
• 誤用・バイオパイラシーの防止
• 無形文化としての価値を将来世代へ継承する重要性
これらの取り組みは、マレーシアが生物多様性条約および名古屋議定書の履行に貢献しつつ、地域社会との利益共有を実現する重要な実践例である。
おわりに
Orang Asliは、マレー半島の先住民族18部族の総称です。これらの人々とのコニュニュケーションを重視し、事前同意を得たうえで研究に臨み、成果を還元するという研究姿勢に敬意を表します。伝統的知識の扱い方のよいお手本です。
FRIMは、日本との共同研究を望んでいます。伝統的知識への対応が必要な場合でも支援を得られるとのことです。
ABSの円滑な実施のため国内外のネットワーク形成に取り組んでおられる国立遺伝学研究所ABS支援室、および発表内容の公表を快く承諾していただきましたFRIMのMary Khoo Gaik Hong博士とFadzureena Binti Jamaludin博士に厚く御礼申しあげます。
*BioJapan2025主催者から取材許可を受けております。
コメント
COMMENT