はじめに

インドネシアの研究者が採取した昆虫をアルコール浸漬して日本へ輸入したい、という相談を国内研究者から受けました。インドネシアにおけるABS手続きの窓口はインドネシア科学院(LIPI)でしたが、2021年に国家研究イノベーション庁(BRIN)に代わりました。

1.ABSの基本プロセス

海外の遺伝資源を利用する場合、一般的には次の7段階のプロセスを経ます。ただし、提供国の法制度、提供国研究機関との関係性、遺伝資源の種類によっては、一部の手続きが不要であったり、手続順序が変わったりする場合があります。
(1)信頼できる提供国相手の決定
(2)提供国のABS情報の収集
(3)他の国際条約、利用国(日本)の法令の遵守
(4)「相互に合意する条件(MAT)」を盛り込んだ契約の締結
(5)提供国政府から「情報に基づく事前の同意(PIC)」の取得
(6)「材料移転契約(MTA)」の締結
(7)試料輸送手段の確保
今回は、インドネシア政府の指示に基づき、このプロセスの(4)~(6)について複数段階の手続きを経て進めました。

2.提供国の相手

相手はインドネシアの大学の研究者で、日本側の研究者と従来から交流がありました。なお、インドネシア側大学と日本側大学は、すでに学術交流協定(MoU)を締結していました。

3.具体的なABS手続き

インドネシアは名古屋議定書の締約国ですが、ABSクリアリングハウスには詳細な手続プロセスは載っていませんでした*1。
そこで、BRINのホームページの組織図を調べ、関係しそうな部署へ連絡を行ったところ、担当者から返信がありました。この担当者をインドネシア側研究者へ伝え、最初の手続きに必要な書類を確認してもらいました。

1)研究許可と倫理クリアランスをBRINへ申請

必要とされた書類は次のa~gでした。
a. 研究提案書Research Proposal
b. 研究協力覚書Memorandum of agreement(MoA)/ Research Collaboration Agreement(RCA)
c. 外国研究許可申請書Foreign Research Permit Application Form
d. 研究者声明書Researcher Statement Letter
e. 動物飼育施設管理者声明書Animal Enclosure Manager’s Statement Letter
f. 倫理審査申請書Ethical Clearance Application Form
g. 大学からの送付状Cover Letter from Institution
aについては日本側大学で用意することにしました。bについては既存のMoUではなく、新たなMoAが必要との説明があり、共同で用意することとなりました。参考事例として、インドネシアの大学と海外大学間の契約例が送られてきましたが、本件の研究規模には適さなかったため、SATREPSのCRAを両大学で修正し、事務手続きを経て契約しました。
cについては、BRINのWebサイトで入力が可能であり、研究計画の要約や国内研究者のパスポート情報などを基に、インドネシア側大学が申請しました。d~gについても、インドネシア側大学が用意してくれました。
研究許可取得のため、登録料や採取許可料などの支払いが必要となりました。これについては、インドネシア側大学も初めての事例であったため、他の共同研究事例を調べたり、根拠法令や料金体系を確認したりしてくれました。最終的には、現地側で一時的な支払い対応が行われました。
なお、BRINとの共同研究であれば無料となるとの説明もありましたが、日本側研究者としては、研究体制の変更には慎重な姿勢でした。倫理クリアランスの承認と研究許可証の発効までには、一定の期間を要しました。

2)環境林業省・自然資源生態系保全総局(KSDAE)への推薦状をBRINへ申請

必要な書類は次のa~eでした。
a. 大学からBRINへの申請書 Request Letter(インドネシア語)
b. 研究提案書 Research Proposal
c. 大学間のMTA
d. 大学間のMoA
e. 収集サンプルの概要(インドネシア語)
インドネシア側大学がaとeを、日本側大学がbを、共同でcを用意することとしました。
cの参考資料として送られてきたMTAは、本件の状況とは乖離があったため、日本で開催されたABS関連会議で来日していたBRIN関係者から、新たな事例を送ってもらいました。これを基に契約を締結しました。dについては、すでに締結済みでした。
その後、インドネシア側の大学からBRINへ申請書と添付資料を提出し、推薦状が発行されました。

3)自然資源保護事務所(BKSDA)への研究許可の申請

必要書類は次のa~fでした。
a. 環境林業省・生物多様性保全局(Dit. KKHSG)宛の許可申請書Permit Application to KKHSG
b. BRINからの研究許可証Research Permission from BRIN
c. 生物多様性に関する科学権威事務局BRIN(SKIKH BRIN)からの推薦状Recommendation from SKIKH BRIN
d. MAT(環境林業省 生物多様性保全局(KKHSG)を提供者、インドネシア側の大学を受領者とする契約(インドネシア語))
e. 新たなMTA(環境林業省(KLHK)を提供者、インドネシアの大学を受領者1、日本の大学を受領者2とする契約)
f.PIC(インドネシアでは大臣令でPADIAと記載)
aはI大学が用意してくれました。bとcはすでに取得済みでした。
dのMATはインドネシア語で書かれ、作成され、次のような内容が盛り込まれました。
・提供者(インドネシア政府)は、調査から得られたデータを要求、保有、使用する権利、および採取した個体を標本として保有する権利を有する。
・登録された知的財産権は提供者に帰属する。
・研究成果による科学論文には、謝辞欄に提供者を記載する。
・提供者は、アクセス料金などの利益配分を受ける権利を有する。
eのMTAは英語で作成され、電子ファイルでの往来が認められました。fについては、採取地域の地方局からの許可証であり、現地研究者側で取得対応が行われました。
研究許可取得のためには、所定の費用を支払い、書類原本を提出する必要がありました。その後、研究許可が発行されました。

4)日本への輸送のための手続き

国内移転に必要なSATS-DN許可証を得るため、必要書類を持参し、インドネシア側の研究者が管轄機関で手続きを行いました。輸送対象となる昆虫について確認作業が行われ、送付数に応じた費用が課されました。
続いて、国外移動に必要なSAT-LN許可証をジャカルタで取得し、さらに検疫証明書も取得してくれました。

4.日本の法令

海外からの死んだ昆虫の輸入については、植物防疫の対象外であることを確認しました。

5.試料輸送

サンプルは、必要書類とともに日本へ携行輸送されました。インドネシア側で取得した検疫証明書も準備されていましたが、日本入国時には税関で提示を求められませんでした。また、植物防疫所へ立ち寄る必要もありませんでした。

おわりに

今回は、日本側研究者が現地へ渡航せず、インドネシア側研究者によって試料が輸送される形となりました。一方、日本側研究者が現地で採取などを行う場合には、異なる手続きが必要になると考えられます。なお、インドネシアでは、現地で実施される研究活動について、BRINによる倫理クリアランスが必要となる点に注意が必要です。
国内研究者から相談を受け、最終的にサンプルを受け取るまでには長期間を要しました。その主な理由として、インドネシア側大学と日本側大学との間で、多数の契約書の内容確認、疑問点の協議、締結事務などに時間を要したことが挙げられます。
ABS関連セミナーにおけるインドネシア政府関係者の講演でも紹介されていたように、インドネシアの共同研究者なしでは、試料入手は難しいことがよく分かりました。

関連略語
【BKSDA】
Balai Konservasi Sumber Daya Alam
The Natural Resources Conservation Agency
自然資源保護局
*環境林業省KSDAEの技術実施部門
【BRIN】
Badan Riset dan Inovasi Nasional
National Research and Innovation Agency
国家研究イノベーション庁
【KKHSG】
Direktorat Konservasi Keanekaragaman Hayati Spesies dan Genetik
Directorate of Species and Genetic Biodiversity Conservation
(環境林業省)生物多様性・種・遺伝資源保全局
*Direktoratは、Directorate(局の意味)
【KLHK】
Kementerian Lingkungan Hidup dan Kehutanan
Ministry of Environment and Forestry
環境林業省
【Direktorat Jenderal KSDAE】
Direktorat Jenderal Konservasi Sumber Daya Alam dan Ekosistem
The Directorate General of Nature Resources and Ecosystem Conservation
(環境林業省)自然資源・生態系保全総局
*Direktorat Jenderalは、Directorate General(総局の意味)
【SAT-DN】
Surat Angkut Tumbuhan dan Satwa
野生動植物輸送許可証
【SAT-LN】
Surat Angkut Tumbuhan dan Satwa Liar Luar Negeri
海外動植物輸送許可書
【SKIKH BRIN】
Sekretariat Kewenangan Ilmiah Keanekaragaman Hayati-Badan Riset dan Inovasi Nasional
Secretariat of Scientific Authority for Biodiversity-National Research and Innovation Agency
生物多様性科学機関事務局-国家研究イノベーション庁

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